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リハビリテーション専門職の現状と課題 ― 嘘偽りなく伝える「今」  NO4

専門性の高度化と業務の複雑化が現場にもたらす「沈黙の負荷」

― 制度に取り残される臨床の知と労働


■ リハビリ専門職に求められる役割は、もはや「訓練提供者」ではない

かつて、リハビリテーション専門職は「歩けるようにする」「手を使えるようにする」「飲み込めるようにする」など、比較的シンプルな機能回復支援が中心でした。しかし、医療の複雑化・患者の多様化・在宅療養への移行が進む現代において、リハビリ専門職は生活・人生の再設計を担う包括的専門家としての役割が求められています。

とりわけ近年は、以下のような新しい業務領域が拡張され続けています:

  • 多疾患併存(脳卒中後+認知症+糖尿病など)患者の統合的ケア

  • 高次脳機能障害者の社会復帰・職場復帰支援

  • 地域包括ケアにおける生活支援・介護予防活動

  • ICTやロボティクスを用いたハイテク機器の運用と訓練

  • 外国人患者・在住者への支援(言語・文化的バリアの対応)

  • 終末期における尊厳あるコミュニケーションと看取り支援

これらはいずれも、標準的なマニュアルが通用しない「個別性」が高く、臨床判断力・多職種調整能力・家族対応力・制度理解力といった、複合的で非定型なスキルを求められる領域です。


■ 業務が増える=加算が増える、ではない現実

ところが、制度設計はこのような実態に追いついていません。現行の診療報酬・介護報酬体系では、リハ専門職が提供するサービスは**「1単位20分」「疾患別リハ」「施設基準の充足」**など、量的・形式的基準によって評価されており、支援の質・個別性・複雑性は一切加算されないか、極めて限定的です。

たとえば:

  • 失語症患者に対する発話訓練+家族指導+就労支援+文書作成+ケア会議出席 → 請求できるのは「1単位20分」

  • 訪問リハにおいて住宅改修や転倒防止計画の立案をしても、加算は一切なし

  • 高次脳機能障害者の運転再開支援・職場復帰支援は点数化されていない

このように、制度が“支援の真の価値”をまったく可視化していないため、リハ専門職がどれほど高度な判断や丁寧な対応を重ねても、それが「報酬」「評価」「労働時間」として認識されない構造が続いています。


■ 「加算されない仕事」は、“仕事ではない”とされる構造

現場では、評価されない業務=サービス外とされ、次のような負担が黙認されています:

支援内容

制度上の評価

現場での実情

家族への説明・相談

原則無加算

長時間の対応が必要

訪問先での医療連携・調整

記録にすら残らない

地域連携の要

就労移行支援

リハ職に報酬なし

実質ST・OTが担う

認知症患者の周辺症状対応

対象外

最も労力がかかる

このような業務の多くは「倫理的にはやるべき」「職業的良心として必要」とされながらも、制度的には“存在しないこと”にされているのです。現場ではこれを「暗黙のサービス」「ボランティアリハ」と表現する職員すらいます。


■ 専門性の評価が報酬につながらない:制度設計の構造的欠陥

制度上の問題は、単に報酬の低さではありません。より本質的なのは、高度な知識・判断力を要する支援ほど「評価されにくく、単位が取りにくい」仕組みが放置されている点です。

  • 複雑な支援ほど時間がかかる=単位数が稼げない=生産性が低いと見なされる

  • 簡易で画一的な訓練は短時間で単位が取れる=施設経営上は高評価

この構造により、「誠実で専門性の高い支援」が制度的には**“損な選択”**になってしまっているのです。若手職員の中には、「丁寧な支援は評価されない」「疾患別の単純ケースだけ対応した方が施設に評価される」といった“現場の知恵”を早くも学習してしまう例も見られます。


■ 制度に無視され続けた“陰の労働”が、専門職を疲弊させる

こうした構造的矛盾が蓄積することで、リハ専門職の現場では以下のような悪循環が起こっています:

  • 燃え尽き症候群(バーンアウト)や離職の増加

  • 専門職の志望者・養成校志願者の減少

  • “できる人”ほど抱え込んで潰れる現象

  • 支援の質よりも“取れる単位”を優先する施設運営

とりわけ言語聴覚士や作業療法士は、人員配置の制度的義務が緩く、「配置しなくても報酬が減らない」ため、施設側の裁量に左右されやすく、不安定な地位に置かれがちです。


結語:制度改革なくして専門性の持続なし

リハビリテーション専門職が今後も社会的使命を果たし続けるには、**“見えない仕事を、制度の中で見える化する”**改革が不可欠です。それは単に点数を上げることではなく、

  • 「どのような支援に、どれだけの専門的判断と時間がかかるか」を

  • 「誰が、どのフィールドで、どのように担っているのか」を

現場の声とデータに基づいて制度設計に反映させるプロセスが必要です。

専門性とは、“高度で複雑な課題を、誰にでもわかるように噛み砕き、支援に結びつける力”です。今まさに、制度もまたこの力を求められているのではないでしょうか。

 
 
 

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